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プチな幸せ

制作

双葉


一つは、アトリエでトロが作ってきた母の日のプレゼントのオブジェ。
一つは、トロが学校でくすねてきた朝顔の種から出た双葉。

トロが通うアトリエの先生は、とても素敵。
思い立ったことを型にはまらず、子供たちにのびのびと色んな手法を教えてくれる。

このオブジェは、針金とボンドとビーズで制作。
ボンドが乾くと透明になることを利用して上手く作ってある。
すごいなあ。柔軟な発想だ。

カブトムシの幼虫のフン入りの腐葉土で、育てている朝顔。
虫や植物の成長って一緒に続けると、ホントに楽しい。
もともとの好きもあるんだけれどね、子供の頃、父や母とあんまりこんな事って一緒にいたことがなかったからかな?
「一緒」が、たのしいのもある。

別に、放任では、あったけどふれあいのない家族とかではなく、時代かな?あまり、一緒に日常で遊ぶっていうのは、ない家だったなあ。

一緒に何か作ったりとか、観察したり、育てたりって、
不思議な幸福感が、ある。
ふと、気がついてそこに目をやったときに小さく、


「ああ、幸せだなあ。」


って、思う。
こんな事に眼がいくようになるってのは、やっぱり老いなのかな?
まあるくなるとは、こういうことなのか。w

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セカンド・オピニオン

網膜格子様変性が起きてることは、先日お話しましたが・・・

レーザーで通院治療で治せるのは、
この状態か裂孔が小さいうちらしいんですよ。
剥離してしまうと、もう手術しなくてはいけないそうなのです。

大体3~7日くらいで退院できるらしいですが、ちびちょが2人いるうちは、手術が、大変とかより入院する事自体がNGなのです。

それで、ネットでいろいろ検索した結果、剥がれそうな時点でレーザーで補強してくれるところもある。でも、これも賛否両論で、離れそうな時点でレーザーを照射するとその影響で、剥離が進んでしまうかもということで、この時点では、経過観察だけの病院がほとんどらしい。

手術さえ受ければ、とりあえず失明の危機は回避できるようだから、慌てる必要もないのだから、今かかってるドクターの言うとおり、月一の検査でいいとおもうのだけれど。

休みの取れない井沢のことを思うと、レイザーで治療してはがれないようにする方が、いいのかもしれない。そういう、迷いがある。
だから、レーザー治療に積極的なセカンドオピニオンを当たるべきかどうか、井沢に相談してみた。


「コレコレ、コウで、違う病院行ったほうが、いいかな?」

「はぁ?で、オマエはどうしたいの?」

「現状が、どこまで危ういかわかんないから、レーザー当ててもらって入院とか手術しない方法を選んだ方がいいかな?ってさ。」

「オレは、病院嫌いだから複数の病院の意見を聞きたいってやつの気持ちがわからないよ。それに、急に剥がれて、手術入院ってなったらしょうがないだろ。」





・・・話は、終わりました。
あーそうですか。じゃあ、このまま放置で一ヶ月ごとに検査受けますよ。
突然、入院手術の運びになっても文句、言うなよ。絶対な。

私は、今君が、どんなに忙しいか、どんだけ会社を平日に休むのかが大変だかを知ってるから、相談してるんだぞ。
入院ってな、1週間はするんだよ。わかってるのか?ハゲ。


大病を患ったことがないから、いえるんだろうけどね。


その言葉に、あとで悔やむなよ!
っつうことで、このまま経過観察といえば聞こえはいいが、放置ってことで。


眼が辰吉

ばあちゃんの葬儀で帰郷して以来、眼がおかしい。
どうおかしいかって言うと、所謂「飛蚊症」

以前から、右目には時々症状は、あった。
でも、一日二日で治まってたっていうか、気にならなくなってた。
今回は、一週間近く治まらない。
で、見える浮遊物も大きく数も増えてる。
どこか痛いとかでもないのだけれど、目障りなので軽い気持ちで眼科へ行った。

右目に症状が出てるので、眼底検査は右目のみ。
視力検査や眼圧は左右ともにしたんだけどね。
かなり強い光を見ながら検査される。

「上見て、左上見て、左見て、左下、下、右下、右、右上・・・あっと、右上もう一度、右、右下、もう一度上見て、右上、・・・」

と、右側を念入りに検査されたあたりで、「ああ、なんか問題あるな。」とは、思ったのだけれど。





「網膜は、剥離はしてないけれど、剥がれそうな組織の変化が見られるので、来月また来てください。今度は、左も検査しましょう。急激に変化があったら直ぐ、来院してください。」




最近は、若い人でも近視が中程度以上の人には良く見られることだそうだ。
ボクサーみたいに衝撃だけが、原因ではないらしい。
若い人の網膜剥離は、比較的ゆっくり進行するらしい。

そう言われると、進行してきてるのかも知れない。
今年に入ってから、やはり飛蚊症の症状が急激に変わった日があったのだ。
黒い細かい点が無数に目の前を横切る症状が、やはり2~3日続いた時が。
思えば、それが始まりだったように思う。

今までは、糸くず状のものが少しだったのに。
その日は、黒点だった。
今の症状は、糸くずが黒く太くなったって感じなのだけれど。
剥離の手前の裂孔だとレーザー治療とかで済むらしいし、あんまり深刻には考えてなかったのだけれど。

かの辰吉だって、ボクシングができない以外は、問題なさそう。
そのくらいの認識だったんだけど。

とある、ブログで急激に網膜剥離が進み手術された方の日記があって、手術中、術後の日記を読んだら、ちょっと怖くなった。
昔であれば、原因がわからず失明してしまう病気だったらしいけど。

医学は、進歩してるんだね。
網膜剥離の兆候に「飛蚊症」が挙げられているけど・・・
それだけ考えたら、確実に剥離に向って進行している・・・と思う。

困ったことに、予防法はないらしい。w
ただ、早期発見することで随分、処置後が違うらしいからマメに検査する以外手がないらしい。

しょうがないよなあ・・・
極度の近視&乱視だものなあ。
いつか、剥がれちゃうのかなあ?


うーん・・・そんなにビビッてはないんだけど。
やっぱり、ちょっと困るよなあ。


ありがとう、さようなら。

今日、おばあちゃんがとうとう、逝ってしまいました。

連絡を受けて、おばあちゃんの事を考えました。
いろんなことを思い出して、泣けるかなって思ったら、泣けませんでした。

ただ、いろいろな思い出を反芻しているときに、自分のおばあちゃんに対するわだかまりが、フッと軽くなったのを感じました。

思い出していたのは、明るくユーモアに富んだおばあちゃんのこと。
そして、逝く日を兄と私の家族の誕生日だったこと。


おばあちゃんは、私たちに後を任せて、私のわだかまりも一緒に空へ持って行ってくれたんだな・・・そんな気がしました。
都合が良すぎると思われるかもしれないけどね・・・

ありがとう、おばあちゃん。
最後の最後に何か、おばあちゃんって人を知ったように思うよ。
向こうでは、おじいちゃんと仲良くね。

あめゆじゅとてちてけんじゃ

これは、妹の為の詩だけれども・・・


祖母がどうやら、危篤状態らしいです。
もう90も半ばで、たとえ今、逝ってしまっても大往生かもしれませんが、
今朝、この知らせを受けてから私の気持ちは、もうざわざわと波打ってしかたがありません。


悲しいというより、切ないです。


幼い頃は、祖母が本当に大好きだったらしい。
家族と旅行に行っても帰って、祖母と遊びたいと泣いてごねたりするほどに。

長男を妊娠時は、祖母の介護のために里帰り出産を拒絶され、義母を呼び、こちらで出産する事になったときは、正直、祖母の存在を恨んだ時もあった。
なにせ、出産の時のアフターが非常にひどい状況だったせいで、しばらく祖母の存在を疎ましく感じていたのも、事実。

2~3年前に、帰省したときに祖母の排泄の介助をする機会が1度あった。
祖母の部屋を見たときに、ポータブルトイレに座りうまく後処理が出来ないでいる彼女に気づき、母も不在だったので、私が手を貸すことに・・・

普段、介助なんてした事のない私は、排泄物で汚れた祖母の着替えのありかもよくわからず、おむつとパジャマは用意できたものの、肌着が見つけられずに素肌にパジャマを着せてしまって、おろおろしながら母の帰りを待ったのだった。

その時から、自分の中で祖母に対するわだかまりが消えたように思う。
彼女が、いかに老いてしまったかたということを肌で感じたからなのだろうか?

母もそうだったのだと思う。
彼女も嫁に来てからは、ことあるたびに気の強い祖母に随分泣かされてきたんだと思う。子供ながらに、母が泣く様を隠れ見てしまったり、大人になってからは、愚痴るでもなく、こんなこともあったと・・・

でも、母も祖母の介護を続け、ここ10年以上年々、状況が悪化するのを見てきて、実の娘息子以上の想いがある。
それは、老いの床を献身的に介護してきたものだけが、感じる「想い」なのだ。

母は、長い介護生活から解放されるのをもっと晴れ晴れとした気持ちで受け入れられるのかと思っていた。
でも、きっと母もそうだと思うのだが、やっぱり悲しいのだ。
切ないのだ。大往生っていったって、どんなに周りの手を煩わせたって・・・

一昨年くらいから、ほとんど意思の疎通もできないほどだった祖母。
ひたすらに、大きいまあるい眼で、話し掛けた言葉にうなずくだけ。


帰省のたびに、長男と同じレベルでケンカしていた祖母。

うちのチビどもを見て、トロを私の兄の名で呼び、ツカを私の名前で呼んだ祖母。

母を束縛して、疎ましい祖母。

ちびちょの私といつも一緒だった祖母。

祖父とケンカばかりしていた祖母。

旅行好きだった、祖母。

いつもキレイに化粧していた、ハイカラな祖母。



・・・なんでだろう、もっと平静に受け止められると思っていたのに、
今回も持ち直すさ!って、なんで笑い飛ばせないんだろう。



こんな気持ちになってしまうのは、私がやっぱり彼女の遺伝子を受け継いでいるからなのかな・・・
それとも、一時的にでも彼女に不の感情を抱いた事、もっと介護に手を貸してやれなかった事への悔恨なのかな・・・

今回も、いつものように乗り越えて欲しい。
そう、思いつつもザワザワと心が、乱れる。
何もしないと、泣いてしまう。

連休明けだ。することは、いっぱいある。
身体を動かして、余計な考えは頭から払ってしまおう。







デート

GWといえど、子供たちはカレンダー通り。
1日2日と学校に幼稚園とソレゾレの務めがあります。


・・・でも、井沢は休み。


そういうわけで、すんごく久しぶりに二人で出かけてきました。
すんごくって、ほぼ上の子の年齢と=ですわ。w
確かに、帰省した際に義両親等にこどもを預けて・・・なんて状況も無くは無かったのですが、あちらのお義母さんが一緒だったり、さもなやきゃ妹ちゃんの子供までウチの事一緒に連れて行くような状況で、二人で外出なんて、ホント6年ぶりって言っても過言じゃないっす。

っつか、よく6年も夫婦2人だけの時間を持つことなくやってこれたもんだよなあ。ある意味すごいなあ。w
子育てに非協力だったり、井沢の実家問題で相当、夫婦揺れた時期もあったしなあ・・・
にしても、2人で外出する時間も状況も作れなかったによく、まあ持ち直したよ。


9時に次男を幼稚園に出して、午後2時前に長男が戻るまでの貴重なフリータイムだ!普段は、夫婦お互いの買い物に連れて行っても途中で飽きてきて、ゆっくり買い物もできないので、とりあえず近くのショッピングセンターのある街へ。

私は、ジーンズを新調しなけりゃならなかったので、先ずジーンズを見て、裾直しを頼み出来上がるまで、ウィンドウショッピングをしたり、タリーズでお茶したり、PS2が壊れてたのでそれを買いにトイザラス行ったりしてたら、あっという間に午後1時。

何をしたわけでもなく、いつも買い物コースを子供なしで辿っただけだったんだけど、結構、リフレッシュした。

いつもと同じなんだけれど、子供がいないだけで用事が片付く、子供の飽きに振り回されることもなく・・・

ふふふ、でも周りを見渡せばそんな夫婦ばっかりだった。
子供は、学校で夫婦で買い物を済ます・・・っていう。w



映画みたりするような時間は、無かったけどね。
ま、今日は、今日とて井沢は昼近くまで寝てるわけで。w
DVD借りてきて、なんとない一日を過ごしてる訳です。

若かりし頃のようなデイトではないけれど、久々に身軽な外出ができて、楽しかったナリ。





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