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あめゆじゅとてちてけんじゃ

これは、妹の為の詩だけれども・・・


祖母がどうやら、危篤状態らしいです。
もう90も半ばで、たとえ今、逝ってしまっても大往生かもしれませんが、
今朝、この知らせを受けてから私の気持ちは、もうざわざわと波打ってしかたがありません。


悲しいというより、切ないです。


幼い頃は、祖母が本当に大好きだったらしい。
家族と旅行に行っても帰って、祖母と遊びたいと泣いてごねたりするほどに。

長男を妊娠時は、祖母の介護のために里帰り出産を拒絶され、義母を呼び、こちらで出産する事になったときは、正直、祖母の存在を恨んだ時もあった。
なにせ、出産の時のアフターが非常にひどい状況だったせいで、しばらく祖母の存在を疎ましく感じていたのも、事実。

2~3年前に、帰省したときに祖母の排泄の介助をする機会が1度あった。
祖母の部屋を見たときに、ポータブルトイレに座りうまく後処理が出来ないでいる彼女に気づき、母も不在だったので、私が手を貸すことに・・・

普段、介助なんてした事のない私は、排泄物で汚れた祖母の着替えのありかもよくわからず、おむつとパジャマは用意できたものの、肌着が見つけられずに素肌にパジャマを着せてしまって、おろおろしながら母の帰りを待ったのだった。

その時から、自分の中で祖母に対するわだかまりが消えたように思う。
彼女が、いかに老いてしまったかたということを肌で感じたからなのだろうか?

母もそうだったのだと思う。
彼女も嫁に来てからは、ことあるたびに気の強い祖母に随分泣かされてきたんだと思う。子供ながらに、母が泣く様を隠れ見てしまったり、大人になってからは、愚痴るでもなく、こんなこともあったと・・・

でも、母も祖母の介護を続け、ここ10年以上年々、状況が悪化するのを見てきて、実の娘息子以上の想いがある。
それは、老いの床を献身的に介護してきたものだけが、感じる「想い」なのだ。

母は、長い介護生活から解放されるのをもっと晴れ晴れとした気持ちで受け入れられるのかと思っていた。
でも、きっと母もそうだと思うのだが、やっぱり悲しいのだ。
切ないのだ。大往生っていったって、どんなに周りの手を煩わせたって・・・

一昨年くらいから、ほとんど意思の疎通もできないほどだった祖母。
ひたすらに、大きいまあるい眼で、話し掛けた言葉にうなずくだけ。


帰省のたびに、長男と同じレベルでケンカしていた祖母。

うちのチビどもを見て、トロを私の兄の名で呼び、ツカを私の名前で呼んだ祖母。

母を束縛して、疎ましい祖母。

ちびちょの私といつも一緒だった祖母。

祖父とケンカばかりしていた祖母。

旅行好きだった、祖母。

いつもキレイに化粧していた、ハイカラな祖母。



・・・なんでだろう、もっと平静に受け止められると思っていたのに、
今回も持ち直すさ!って、なんで笑い飛ばせないんだろう。



こんな気持ちになってしまうのは、私がやっぱり彼女の遺伝子を受け継いでいるからなのかな・・・
それとも、一時的にでも彼女に不の感情を抱いた事、もっと介護に手を貸してやれなかった事への悔恨なのかな・・・

今回も、いつものように乗り越えて欲しい。
そう、思いつつもザワザワと心が、乱れる。
何もしないと、泣いてしまう。

連休明けだ。することは、いっぱいある。
身体を動かして、余計な考えは頭から払ってしまおう。







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コメント

私には3人の祖母がいます。
父方の、母方の、そして育った家での。
血のつながらない実家の祖母と一緒に過ごす時間が、
他の祖母よりも長かったぶん、
とても可愛がられながらも、でも一番邪険にしてしまった私が居ます。
中学生の時に痴呆の末亡くなってしまったけれど、
ああ、なんでもっともっと優しい言葉がかけられなかったかと
思ったりします。

zenちゃんの今の思いは察するに余りあります。
でも
今、おばあちゃんのことを思うのは、
泣いたって、心がざわついたって、
悪いことじゃないですよ。

気持ちに無理しないでね。

人の存在って大きいね…。
おばあさんの存在が、zenさんにとって大きなものなのが、読んでいて分かります。

私は祖父母と暮らしたことがなくて、
彼らが亡くなった時も、特に何も感じなかった。

深く深く、キレイ事でなく家族の関係を築いてきたzenさんやお母様、おばあさん。
家族。
深いのを感じます。

上手く書けないけど…。
大切な人だから、後悔するんだよね。

★OKOさん

壊れていく祖母を見ているのが、辛かった。
憎む方が、楽だった。
ほんの一瞬だけ祖母の介助をしたとき、辛く当たられていた母が、誰よりも祖母の事を案じているのを知ったとき、自分の弱さが一番ネックだったということ。

OKOさんもおばあさまが、痴呆の末亡くなられていなとのですね。
だんだん、壊れていく心、身体を近くに感じるのは、本当に辛いことですよね。
離れて暮らしてることを自分がどこか、言い訳していたように、どうしても責めてしまうんです。
自分を。

でも、こうしてクヨクヨする事自体が、言い訳のように思うのです。
あるがままの今を受け入れることが、今できる祖母孝行なのだと、いろんな人に言葉を頂いて、そう思います。

辛く当たったことも、あるけれど、大切な、私の大切な家族である事には、代わりはないんだと、向き合っていこうと思います。


★もっちさん

母と祖母と私との関係が、苦しかったんだと思うんです。子供の頃は、なにも気にせず可愛がってくれる祖母の傍にいたかった私も、確かにいたんですよね。

大切な家族だから、悩む・・・んですね。
ああ、そうなのだな。って思わされました。
ありがとう、そう言ってもらえるとなんだか、少し楽に考えられるようになりました。

でも、奇麗事だけの家族なんて無いかもしれない。
最後に、ごめんねとありがとうを本当は、伝えられたら・・・という気持ちで今は、いっぱいです。






お二方とも、心強い言葉をありがとう。
「言霊」。
力をしっかりと受け取りました。

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