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さようなら

昨日、N山さんのお父さんが亡くなられました。
思ったより、全然早い。早すぎる。

年末から臥せってるようだったのですが。
金曜日だったか、夕方に階下で奥さんにお会いした時の様子は、ちょっと緊迫した面持ちでは、あったのですが・・・

今日、友人と外出して昼過ぎに戻ると「忌中」の紙が、玄関先に貼ってありました。



胸が、ギューンってなりました。



とりあえず、実家に電話し「ご霊前」は、いつお持ちすべきか?とかそんなようなことを確認し、お香典をお渡しに行ってきました。
宗教の関係上、ルールがよくわからないのと、子どもがいるのでお通夜や告別式は、いけないので最後のご挨拶が出来ればと思って。

玄関に出迎えてくれたのは、奥さんで疲れたんでしょうね。
青白い表情で、でも努めて明るく振舞おうとなさってて・・・
挨拶してるうちに、私のほうが感極まってしまい涙で言葉を詰まらせると



「でもね、いい顔でしたよ。ありがとう。心配するとねいけないと思ってね。」



と、香典を渡した私の手に手を重ねて、労わりの言葉をかけてくれるんです。その手が、とても温かくて。




「N山さんも、看病お疲れ様でした。無理しないでくださいね。」



というのが、精一杯だった。
そんな私に



「これからも、よろしくね。戻ってきたら、線香上げて頂戴ね。」



ただ、近所の人なのに。
親戚でも血縁者でもないのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。
でも、それはやっぱりN山さん夫婦の人柄の温かさだったんだろうな。

もう、階下に置いてある自転車で畑に向う人もいなくなるんだという寂しさと、末期がんの苦しみから解放されてよかったのかもしれないと言う気持ちと・・・なんだか、判らない切なさと。




昔かたぎの頑固オヤジでした。
がっちりと日焼けした体は、健康そうだったのに。
毅然とした、でも優しいお父さんでした。

末期がんは、苦しかったと思います。
時々、奥さんが「飴なら口に入ると思ってたんだけどねえ。お子さんに食べさせてあげて。」と、その言葉からお父さんの衰弱振りを想像させられ、胸が締め付けられる思いだったから。
それを看ていた、奥さんもとても辛かったと思う。

善く生きている人は、やっぱり神様に愛されてしまうのかな?




だから、今は楽になれてよかったですねって、そしてありがとうって、いいたい。

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コメント

いつの日か、自分の親も……って考えてしまうよね。

亡くなった人はもちろん、
残った人の思いを想像するとさ
そっちで泣けてしまうのだ。。。


人ひとりぶんの空間は大きいね。案外。

兄が死んだとき、近所の人が母を気遣って来てくれた。
そんなことを思い出しました。

★もっちゃん&ぅなタン

そうだね、うちのチチと年が近い。
そして、おふた方とも打ちの父母に面影が似てるのよ。

その座る人の無い空間をどんなキモチで見つめてるのかなあと思うと、胸が締め付けられるね。

そして、以前より自分が「死」(自分の死も親族の死も含めてね)を感じる?に近い?年齢になったからかなあとも思う。

二人暮らしだったからね、その空いてしまった二分の一の空間の大きさを知るんだろうなあ。


ツカやトロを交えてこれからも、近くに住む限り仲良く一緒に歩いていければいいなあと・・・思う。
もしかしたら、息子さんや娘さんのところにいってしまうかもなぁ・・・

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